ブラックホールと対をなす存在?:理論上の天体ホワイトホールの深遠な謎
ブラックホールと対をなす理論上の天体:ホワイトホールとは何か
宇宙には、光さえ脱出できない閉ざされた領域であるブラックホールが存在します。その存在は、アインシュタインの一般相対性理論によって予言され、現在では観測的にも確認されています。しかし、一般相対性理論の方程式には、ブラックホールとはある意味で「逆」の性質を持つ、もう一つの奇妙な天体が存在しうる可能性が隠されています。それが「ホワイトホール」です。
ホワイトホールは、ブラックホールの時間反転解として現れる理論上の構造です。もし時間を逆向きに進めたとすると、ブラックホールが物質や光を吸い込むのとは反対に、ホワイトホールは内部から物質や光を絶えず放出する、一種の「光り輝く特異点」のような存在になります。ブラックホールの境界である「事象の地平線」が、一度越えると二度と外に出られない一方通行の境界であるのに対し、ホワイトホールの境界は、一度外に出ると二度と中に戻れない、やはり一方通行の境界と考えられています。つまり、外部から物質や光が入ってくることは絶対にありません。
理論上はブラックホールと同様に特異点を持つとされ、周囲の時空を歪めます。しかし、ブラックホールが過去に向かって閉じている(未来に事象の地平線がある)のに対し、ホワイトホールは未来に向かって閉じている(過去に事象の地平線、あるいはそれに類する構造がある)と考えられます。
なぜホワイトホールは「謎」なのか?:理論と現実の乖離
ブラックホールが実際に観測され、その性質が精力的に研究されている一方で、ホワイトホールは未だかつて観測されたことがありません。それどころか、多くの物理学者は、現在の宇宙にはホワイトホールが存在しないと考えています。なぜ、理論上存在しうるはずの天体が、現実には見つからないのでしょうか。ここに、ホワイトホールの深遠な謎があります。
最も大きな理由は、ホワイトホールの「形成メカニズム」が考えにくいことです。ブラックホールは、大質量星の重力崩壊によって形成されると考えられています。これは物理的に自然なプロセスです。しかし、ホワイトホールは内部から物質を絶えず放出する特異点であり、外部から何も入ってこない構造です。このような構造が、物理的にどのようにして形成されるのか、全く見当がつきません。宇宙の始まりであるビッグバンであれば、全宇宙が一斉に膨張を開始した特異点と見なすこともできますが、局所的な天体としてのホワイトホールがどのようにして生まれうるのか、標準的な宇宙論や天体物理学では説明が困難です。
また、ホワイトホールの性質は熱力学の法則、特にエントロピー増大の法則とも相性が悪いと考えられます。ブラックホールは物質を吸収することでエントロピーが増大すると解釈できますが、ホワイトホールは何も吸収せず、放出するだけです。これは、時間の流れを一方向に保つ宇宙の基本的な性質に反する可能性があります。
さらに、もしホワイトホールが存在するとすれば、それは常に物質やエネルギーを放出し続けることになりますが、それがどこから来るのかという問題も生じます。理論上は過去の特異点から湧き出すとされますが、これも物理的な描像としては捉えにくい点です。
未解決の謎と他の理論との関連性
ホワイトホールの謎は、単に「見つからない天体」というだけでなく、現代物理学のいくつかの未解決の謎と深く関連しています。
一つは、ブラックホールの情報パラドックスです。ブラックホールが情報を飲み込んで失うという問題に対し、ホワイトホールがもし存在するとすれば、それは逆に情報を「生み出す」源泉となりうるかもしれません。ブラックホールの蒸発現象であるホーキング放射とホワイトホールの関係は、量子重力理論の確立において重要な示唆を与える可能性が指摘されています。
また、ブラックホールとホワイトホールは、理論上「ワームホール(アインシュタイン-ローゼン橋)」によって結ばれている可能性も示唆されています。これは時空の異なる領域を結ぶトンネルのような構造ですが、標準的なワームホールは非常に不安定で、光速よりも速く移動しないと通過できないなど、現実的な天体として存在するかは不明です。しかし、ホワイトホールの存在を考えることは、このような奇妙な時空構造の可能性を探る上で興味深い視点を提供します。
さらに、宇宙初期に存在したとされる「原始ブラックホール」が、何らかの形でホワイトホールと関連しているのではないか、あるいは極めて初期の宇宙の特異点の名残がホワイトホールとして現れるのではないかといった思索も存在しますが、これらはあくまで理論的な仮説の域を出ません。
まとめ:理論上の美と現実の不確実性
ホワイトホールは、一般相対性理論が生み出した美しい理論上の概念です。ブラックホールという既知の天体と対をなす存在として、時空の奇妙な性質や特異点の振る舞いを考える上で非常に興味深い対象です。
しかし、その形成メカニズムの欠如や熱力学的な問題から、現在の宇宙に天体として実在する可能性は低いと考えられています。それでもなお、ホワイトホールに関する研究は、ブラックホールの情報パラドックス、ワームホールの可能性、そして量子重力理論による特異点の克服といった、宇宙の根源的な謎や物理学の未解決問題を探求する上で、重要な思考実験の場を提供し続けています。
ホワイトホールは、私たちに「理論的に可能なこと」と「現実に起こること」の違い、そして宇宙がまだ私たちに隠している深遠な秘密があることを示唆しているのかもしれません。その謎が完全に解き明かされる日は、まだ遠い未来のことになるでしょう。